CASE8スポーツクリニック就職(理学療法)

大切なのは資格や肩書きではなく目の前の選手をベストな状態にすること

田中 健一

2006年/理学療法学科卒業

理学療法士

医療法人 Nクリニック 就職

田中 健一

肩の手術で芽生えた
スポーツ医療への志

小学校から高校まで野球を続けていましたが、甲子園をめざしていた高校時代、肩を壊してボールを投げることすらできなくなりました。2年生の時には肩を手術するほどの状態にまで悪化し、好きな野球を楽しめずに苦しむ日々が続きました。手術の甲斐あって、何とか高校3年生の大会には出られたのですが、この時の経験からスポーツ医療の道に進みたいと思うようになったんです。そして高校卒業後は、大阪体育大学に入ってスポーツトレーナーをめざし、大学卒業後はトレーナーとして病院に就職。理学療法士と連携してトレーニング指導などを行っていたのですが、仕事を続ける中で感じたのは、理学療法士の資格を取って患者様のリハビリにもっと深く関わりたい、ということ。そこで、仕事は続けながら専門学校に通って資格を取ろうと思ったんです。関西医療学園専門学校を選んだのは、大阪体育大学時代に出会ったある治療家の方をとても尊敬していて、その方がこの学校の先生を務めていたからです。「あの先生の下で学びたい」という思いからですね。

入学後は、尊敬する先生の下で学べることの喜びで、毎日が充実。臨床実習を行う提携施設も豊富で、学ぶ環境にはとても恵まれていたと思います。病院でトレーナーとして勤務しながらの通学でしたが、学んだことを職場で実践できるという相乗効果が生まれ、しんどいとは感じませんでしたね。仕事のため学内イベントなどにはあまり参加できませんでしたが、卒業時の追い出しコンパでは先生方も一緒に盛り上がり、楽しい思い出になりました。

田中 健一

見本となるような
スポーツクリニックへ

関西医療学園専門学校を卒業した後は、引き続き病院での勤務を続けながら、縁あって大学での非常勤講師を務めたり、スポーツチームのトレーナーとして仕事をするなど、様々な経験を積みました。そして2009年、病院での勤務時代からお世話になっていた医師が独立して「Nクリニック」を開院する際に声をかけていただき、以来このクリニックで理学療法士とトレーナーを続けています。自分が治療やトレーニングに関わった選手が活躍している姿を見た時は、やはりうれしいですね。また、子どもの頃からトレーニングに関わっていた選手がプロの世界で活躍しているのを見たりすると、この仕事を続けていて本当に良かったと感じます。

当たり前のことですが、選手や患者様にとっては体の状態が良くなるかどうか、という結果が重要です。私が「理学療法士」や「スポーツトレーナー」という肩書を持っていることが重要ではないんです。そのため、「資格を持っているから」と奢り高ぶることなく、常に目の前の患者様と向き合い、その方の満足を求める姿勢を失わないように心がけています。当然、患者様ごとに求める結果も異なりますので、その方の要望を確実につかむためのコミュニケーションも大切にしています。特にケアする相手が小学生や中学生の場合、最初は壁があってなかなか打ち解けてくれないこともあります。そんな時は時間をかけてじっくりと対話を重ね、本人の思いを引き出すようにしています。今後も、まだまだ修行を重ね、より多くのスポーツ選手の役に立ちたいですし、見本となるようなスポーツクリニックを築いていきたいですね。

History

2002年
大阪体育大学を卒業。
喜多病院(現・岸和田盈進会病院)に入職し、トレーナーとして勤務。
2003年
病院での勤務は続けながら、
理学療法士の資格を取るために関西医療学園専門学校へ入学。
2006年
理学療法士の資格を取得し、
卒業。
2009年
Nクリニック開院に伴い、リハビリ部門チーフとして入職。以来、大学での非常勤講師なども務めながら、多忙な日々を送る。

Favorite

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ゴルフ

3年くらい前からゴルフが趣味に。目標はプロの方たちと一緒でも恥ずかしくないスコアで回ることです。

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ハイスピードカメラ

野球の投球フォームや、ゴルフのスイングなど、素早い体の動きを分析するのに役立ちます。

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記念のジャージ

トレーナーとしてサポートしている大阪体育大学女子ハンドボール部の卒業した選手から贈られた大切なチームジャージです。